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ふぞろいの林檎たちへ(山田太一)



 ボーヴォワールが「女ざかり」という自伝の中で、・・・・・・
「私は人間を理解することがとても下手ですぐ人間を判断してしまう。」
というようなことをいっています。

 人間をとらえるということは、ほんとうにむずかしい。気がゆるむと「いいひと」「駄目な人」「うそつき」「敵」「右翼」といった分類のどこかにほうり込んで、ある人間をとらえた気になっています。ヒトラーならさしずめ「悪い人」というわけです。

 ヒトラーをただ否定するということは、ヒトラーが出現する前の世界を求めてしまうことだ、その行動のフィナーレには、またヒトラーが現れてくるだろう、といった人がいます。

 ちょっとわき道にそれますが、正確にはこれはヒトラーについていった言葉ではありません。私が勝手にヒトラーに置きかえて、、覚えてしまいました。そのうえ、だれがいったかも忘れてしまったのですが、こういうことがよくあります。映画の忘れ難いシーンなどでも、ひさしぶりに再見すると、ひどいときにはそういうシーンはなかったり、ぜんぜん、記憶とちがっていたりするのね。まあ、それはそれでいいと思っています。要は、ある本ある映画をきっかけにして、自分のなかのなにかが浮上してくればいいのですから。

 で、ヒトラーをただ否定したり、くさいものにはふたというように目をそむけたりするようなところからは、なにも生まれない。私もそう思います。といって、政治的に分析したり、経済学的にとらえたり、生物学的、精神分析学的にとらえたりするようなことを集積すれば、ヒトラーを理解したことになるかといえば、それでもヒトラーの全体像は浮かび上がらない。ロボットの部品が細かくそろっていくばかりで、つまりは断片の集合にすぎない。動き出さない。

 ボーヴォワールの恋人であったサルトルは、一時、人相学や筆跡学に凝ったということです。「彼は新しい総合を求めていた。」と、ボーヴォワールは書いています。

 知的に他者をとらえるだけではとらえきれないものを感じて、多分サルトルは人相に目を向けたのでしょう。

 しかし、それも一種の分類であり、「判断」の次元を超えるものではないでしょう。

 他者を理解するというのは、身もふたもなくいえば「他人の身になる」ということです。言葉では簡単ですが、至難なことです。ヒトラーの身になる。ヒトラーに魅かれてしまったドイツの人びとの身になる。

 仮にそんなことができたとすれば、単純な否定などできるわけがありません。

 「自分もその状況にいたら、同じことをしてしまうかもしれないなあ。」という部分を、いろいろかかえこんでの否定は、つまりは自己否定を絶えずふくむわけですから、歯切れのいい全否定からは遠くなります。



 人を理解するということは、ボーヴォワールじゃなくたって、むずかしいわけです。私たちは、いま知的な判断さえ、多くの場合、放棄しているものね。

 他人を理解するというのは、その人についてのイメージを持つことだと思っている節がある。「古い人」というイメージを持ったら、もうその人がなにをいったって耳をかそうとしない。「どうもあいつはイメージ持ちにくいね。焦点が定まらない。だめなんじゃないの。」なんて平気でいっている。おもしろくないやつはだめとか、あだ名をつけにくいやつはだめとか。ほとんど、本当の「理解」なんか関係ない。



 いきなり話がとぶようですが、先日、大井の埋め立て地を歩きました。水辺の鳥がたくさんいると聞いて、見に行ったのです。バードウォッチングです。じつは、バードウォッチングというものが、妙に前から気になっていました。

 鳥の写真を撮るというならわかる。捕まえて食べてしまおうというのもわかる。しかし、ただ見ているだけというのは、どうもわからない。見るだけで、そんなに楽しいものなのか?

 ヴェランダへ来た鳥を、しばらく見ているというならわかります。私にもないことではない。ところが、聞けば、早朝に鳥はよく動くということで、暗いうちに起きて、遠くまで見に行くというのです。その情熱が、どうもよくわからなかった。で、見に行ったのです。早朝はちょっとたいへんだから、明るくなってからです。

 真鴨とユリカモメが多い。

 それを望遠鏡や双眼鏡、あるいは肉眼で見るのです。みんな、息をひそめて見る。

 一時間あまりで、ぼくはもうだめでした。といったって、一カ所じゃあない。四、五カ所場所を移動しての七、八十分ですから、一カ所には二十分もいやしない。寒いしね。十二月です。じっとしていると、十五分というのは長い。鳥の動きも、そう変化があるわけじゃない。しーんしている。

 あ、わかったと思っちゃうのね。つまり、こういうことなのかって。鳥はたしかに美しい。魅かれる人がいるのもわかる。動きもおもしろくないこともない。ま、これを楽しんでいるわけだな。ぼくは、とても熱心に通う気はないけど、眼福と思う人がいるのにふしぎはない。想像していたときは、えらく浮世離れした趣味に思えたけど、集まる人同士の交流もあり、了解可能な人間行為であると。

 で、もう早く、どこかの喫茶店へ入って熱いコーヒーをのみたい、と気持ちがとんでしまう。

 しかし、ほんとはわかっていないと思うんですね。半日見ていても飽きないという人の細やかな喜びを、じつはまったく感じとっていない。「理解」していない。

 バードウォッチングをする人の心を知りたければ、すくなくとも何回か、半日ぐらいかけて通うべきです。

 ところが、十五分も見ていると、わかったような気になってしまう。すぐ「要するに」というように、言葉でまとめたくなる。「判断」したくなる。鳥を一日見ているなんていう人の精神について、気の利いたことをいいたくなる。

 目前の現実に虚心に対するというところがない。

 あまりに自虐的になるのも傲慢なことですから、このくらいにしておきますが、私は、以前カメラマンのくせに、ちっとも物を見ることができなくなった男のドラマを書いたことがあるのです。つまり、なにかを見ると、すぐ構図を考えてしまうんですね。

 木を見ても花を見ても街を見ても、いわばデザインとして切りとれる角度のようなものばかりが気になって、あ、いける、パシャリとシャッターを押す。

 すると、もうその物への関心はなくなって、他の対象を求める。しかし、次の対象もほんとうには見ていない。写真になった時の画面効果しか考えられなくなっている。物をじっと根気よく見ることができなくなっている。

 そのことに、写真家は恐怖を感じてくるんですね。こんな生活を送っていると、現実がまったく見えなくなってしまうんではないか。魂が薄くなってしまうんではないか。そして、写真家はカメラを捨てて、一日、なにかを見ていようとするんです。

 たき火ならたき火の火を、じっと見ていようと思う。しかし、十分も見ていられない。いらいらしてくる。一輪の花を三十分見ているなどということが、まったくできなくなっている自分に驚き、執拗に物を見ようとする。すると、視力が衰えていることに気がつく。まあ、その病気にかかってしまうというところからはメロドラマだおしても、現実を心を澄まして見ていられなくなっている、じっとしていられなくなっている自分に恐怖感のようなものを、そのころから感じていたんですね。

 今日は一日ボケッとしていよう、仕事はよそうと思いますね。しかし、朝少しボケッとしていると、ムラムラ、こんなことをしているのは無駄だという気持ちがこみ上げてくるんですね。今から渋谷へでれば、あの映画が見られる。そのあと青山で展覧会を見て、夕方あの人に会って、夜、銀座で芝居見れば、けっこう充足した一日だな、なんて思う。

 そういうことが全部いけないとは思わないけど、どこかで自分と静かに向き合うことを避けている。虚心になることを恐れている。たえず出来事で埋めてしまう。

 こんなことをしていると、現実がどのようなものか、てんでわからないような人間になってしまうような気がしたんですね。で、そんなカメラマンを描いた。

 それから数年たっているのですから、すこしはましな人間になっているかというと、いまお話したように、十五分と鳥を見ていられない。まあこんな症状は、軽薄なるテレビライターの特殊例かもしれませんが、私ほどひどくなくても、現実がわからなくなって、空洞化した価値観やイメージに引き回されているのに、けっこう自分では現実的に生きているつもり、という人は、すくなくないと思うんです。

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